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2009年10月22日 (木)

豊多摩監獄表門

アトリエ海が面している「平和公園通り」は、元は「刑務所通り」と呼ばれていました。1983年まで中野刑務所があったからです。

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小学生の頃は、その高いコンクリートの塀の周りが僕らのマラソン周回コースになっていました。また、塀そのものがキャッチボールの相手をしてくれました。地元の子供にとってあまり怖い存在ではなかったように思います。

Simgp3178

そんな身近な建築が、大正初期の代表的建築家、後藤慶二の豊多摩監獄であったとは大学に入って長谷川尭さんの「神殿か獄舎か」を読むまで知りませんでした。

Simgp3181

竣工は1915年。今は表門しか残っていませんが、平和の森公園への散歩道からその裏側を、すなわち入った人しか見ることが出来なかったディテールを眼にすることが出来ます。屋根は葺き替えたそうです。(Shio)

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