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2013年5月16日 (木)

早稲田ミョウガの話

今月7日の東京新聞、夕刊の一面に「早稲田ミョウガ」の記事が大きく掲載されました。

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谷中生姜、練馬大根など江戸野菜のひとつで「幻の野菜」と呼ばれていた地域野菜が復活し、2011年に収穫に成功。今年は赤みの美しいミョウガタケの収穫にも成功し、10日に試食会が行われるという記事でした。

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2004年、早稲田大学小野梓記念館を設計していて、地下にあるホールからの避難階段を、モニュメントを兼ねたデザインにする必要があった。ガラスの箱、草屋根、Wを重ねて立体にしたものなどなど、試行錯誤のなかで、「早稲田茗荷」の存在を知ったのでした。

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学生の時に校歌「都の西北」を作詞した相馬御風が、昭和24年に書いた「みょうが畑時代」に次のような一節がありました。少し長くなりますが・・・。「・・・明治35年といえば今から49年前になる。あまりに遠すぎる過去であるが、私はやはりあの頃の早稲田が最もなつかしい。

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田舎の中学校よりはお粗末な木造の校舎があちこちに散らばっていて、周囲は杉や欅などの老樹が鬱蒼として居り文字通りの「早稲田の杜」であった。そして付近には藁葺きの農家が散在しており、みょうが畑がたくさんあった。

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そして私の郷里などで見ることのできなかったあの広いたくさんの茗荷畑が、私にはひどく珍しくもあり、又たいそう美しくも感じられた。約五十年後の今でも、私は時々あの茗荷畑をなつかしくおもい出す。茗荷畑は早稲田の名物であった。・・・」
この文章は説明サインにして立ててあります。(Shio)

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