建築

2020年9月17日 (木)

東京都庭園美術館2020

成城の家の外構の打合せが早く終わったので、目黒へ廻り、庭園美術館に行きました。その一部を。

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2階ホールです。正面はトップライトのある「北の間」と呼ばれるベランダで、仕切りの窓は色々な種類のガラスで仕切られています。一見左右対称に見えますが、そうでないところが好ましい。

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ホールに続く廊下を見返しています。北の間の高い鴨居(?)まで届く開口部から光が漏れてフェルメールの絵画のような空間に。

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ふたつの寝室に挟まれた第一浴室には、下の写真の南側ベランダから採光しています。壁面は緑色のフランス産大理石で、床は円と直線によるデザインがモザイクタイルの張り分けで表現されていました。

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新館のギャラリー1「東京モダン生活-東京都コレクションにみる1930年代」(撮影不許可)に藤巻義夫「隅田川両岸絵巻」のNO2「白鬚橋から西村勝三像周辺まで」とNO3「商科大学向島艇庫から三圍神社まで」がそれぞれ半分くらい広げられ見ることが出来ました。やっぱり、凄い。9月27日まで。(Shio)

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2020年4月 9日 (木)

小学校のトイレ改修計画

4月からの新年度は、不穏な始まりですが、3月末まで少々忙しかった仕事は、小学校・トイレ改修の設計でした。

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1985年から設計がスタートし、1989年に竣工した宮城県加美町立(旧:中新田町立)鳴瀬小学校です。約30年経って、またお手伝いすることになりました。広々した水田の中、盛土した丘の上に建っています。

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ほぼ平屋の校舎ですが、中央の食堂は、ほぼ2階の高さにあります。節目の行事の時などは、生徒全員がここで会食できます。周りの水田や遠くの山並みなど、窓からの眺めは抜群です。

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30年前は1ー6年生まで約250人の生徒がいましたが、最近はその半分ほどだそうです。宮城県で最初の「オープンスペース形式」の校舎で、廊下がなく、各クラスルームは隣接するオープンスペースでつながっています。先生方も手探りで、授業の進め方など工夫されていました。

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30年前の小学生は、今や生徒の父兄となっている人も多く、当時、町の建設課で校舎建設を担当したEさんは、お孫さんが今、この学校に通っています。感慨深いものがあります。

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中庭に面した体育館のカーテンウォール。先のほうのコンクリートの壁には縄文土器をイメージしたレリーフが施されています。

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ママさんバレーなども盛んだったので、天井高の確保も課題でした。地域の方たちにもよく利用されている様です。

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写真は現在のトイレで床・壁がタイル張りですが、抗菌性のボード張りとする計画です。また、和式便器が中心でしたが、最近は家庭でもほとんどが洋式で、小学生は、入学して初めて和式便器に遭遇し、困惑するそうです。全国的に学校トイレの洋式化が進められており、ここでも最新設備に改修することになりました。便器は「温水洗浄便座付」、手洗器は感染防止の面から「自動水栓」の予定です。(Nak)

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2020年2月 6日 (木)

緑の丘とアリーナ

2018年に建て替わってから、なかなか行く機会のなかった早稲田大学の体育館をのぞいてみました。良く晴れて暖かい冬の日、試験期間の様で、学生はあまりいません。

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入学式や卒業式も行う大きな体育館があったところは、こんな芝生の丘になっていました。水も流れていて、遊歩道をのんびり歩けます。

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誰でも入れるので、子供が元気に走り回っています。時期的にちょっと「緑」が不足してますが、自然の心地よさは味わえます。


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庭に面したガラス張りの建物の1階に「スタバ」があったので、ひと休み。ガラス越しに日の当たる庭を見ながら、コーヒー飲んでのんびり読書などしていると、贅沢な気分になります。街中の店舗とはひと味違った雰囲気でした。ガラスの外にもテラス席があり、気持ちが良さそうです。

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テラス席のあたりから文学部の建物が見えます。この庭は「戸山の丘」と名付けられています。
そして、あの大きな体育館はどこに行ったのか、というと・・・。

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丘の横にある広い階段を下りて行くと、広いアリーナがありました。

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庭園の下にアリーナが埋まっていることになります。バスケット、バレーコートが2面、バドミントンコートが5面。

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収容人員は6000名で、以前の体育館より1000名増えたそうです。これだけの大空間が、のんびりした緑の丘の下に埋められていることに感心しました。(Nak)

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2019年11月28日 (木)

中野のアトリエ展

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このブログを時々覗いて下さるご近所の方が、「中野の歴史を語るアトリエ展」のパンフレットをメールで送ってくださいました。

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アトリエ海から200mのところにある、ヤシマ1804ビル(元のカンロ飴本社ビル)の1階ロビーが会場です。

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「なかのまちめぐり博覧会2019」イベントの一環で、主催は「中野たてもの応援団」。中野にある三岸好太郎・節子アトリエなど、著名な画家や彫刻家のアトリエをセンスの良いレイアウトでパネル展示されていました。

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中に、以前紹介した画家松木満史のアトリエも建築図面も含めて紹介されていました。その図面の裏側に、古里青森の海(三厩、竜飛岬など)を描いた水彩画が見つかったそうです。

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建築家のアトリエも紹介されていました。松濤美術館や飯倉ノアビルの設計者、白井晟一のアトリエです。中野の北端、江原にあり、南端、南台に住まわれていた吉村順三と併せて、学生の頃、密かに同郷(?)を自慢に思っていました。(Shio)

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2019年11月21日 (木)

「孫の湯」とお別れ

家の近所の銭湯、「孫の湯」は昨年10月に営業を終了していましたが、先日解体されてしまいました。

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久しぶりに近くまで行ってみると、シートの中に建っていた建物はすっかりなくなっていました。

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シートの隙間から覗いてみると、銭湯のシンボル、「煙突」だけが、まだしっかりと建っていました。秋の空が青い。

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「孫の湯」は国分寺市に昭和40年(1965年)に開業し、地元の人たちに親しまれてきましたが、昨年10月、風呂釜の水漏れが補修不可能となり、惜しまれながら閉店となりました。私も40年近く、時々ですが、通うのが楽しみでした。

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建物は、銭湯によく見られるお寺風のファサードです。両側に並ぶ、「焼き鳥屋」「寿司屋」「八百屋」「自転車屋」なども一緒に醸し出すレトロな雰囲気のおかげで、映画「ALLWAYS 続・三丁目の夕日」のロケに使われました。「煙突」が上に見えています。

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正面入り口上の「破風」も、瓦や鏝絵が凝った造りになっています。内部のお風呂の壁は(写真がないのが残念ですが)、富士山の絵ではなく、溶岩が積み上げてあり、「鬼押し出し」の様な風情でした。

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屋根には、リアルな鳩の飾りが・・。屋根瓦も、まだまだしっかりしていました。
近年、利用客は決して多くはなかったのですが、時間によっては私一人で広いお風呂を独り占め、という贅沢を味わうことができたのも良い思い出です。長い間、お世話になりました!(Nak)

 

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2019年7月25日 (木)

馬小屋を自力建設で

神奈川県から北海道・十勝に移住した友人夫妻は、馬を家で飼うために、色々と環境整備中です。

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まずは、敷地の周囲をしっかりした柵で囲います。周りは他所の農家の大事な畑なので、馬が出て行ったりすると大変なのです。ここは馬の運動場になるところで、白いペンキを塗ったら、いかにも「牧場」らしくなりました。

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そして敷地の隅に、馬小屋を「自力建設」で作り始めました。これは5月頃の風景です。木製の電柱材を地面に敷き、その上に土台を取り付けています。白アリは出ないそうですが、防腐剤はしっかり塗っていました。右の写真では、出入り口の枠と腰壁を組み合わせて建ち上げています。

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壁が建ち上がっています。3頭分の小屋になるらしい。とりあえず「道産子」と呼ばれる小型の馬、1頭が住む予定です。屋根はこれからです。一部2階を作ろうかという案もある様です。

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窓はこれから開けるそうですが、後姿も面白いです。ホームセンターで買える2”×4”材や合板をうまく使っているのに感心しました。

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自力建設のチームを率いるのはこの方。チーム、と言っても乗馬クラブの馬仲間で、ほとんどが女性ですが、土木作業、大工仕事、ちょっとした設備の工事もみんな自分たちでやってしまうのです。このように馬のトレッキングガイド等の仕事があるので、工事がなかなか進まないそうですが・・。(Nak)

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2019年7月 4日 (木)

30年目の集合住宅

1989年(平成元年)に竣工した「新井薬師の集合住宅」は2回目の大規模改修を行いました。

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商店街に面したファサードは三層構造で、屋根は銅板葺きの三次曲面、外壁はタイル張りの二次曲面です。改修に備えてずっと地下倉庫に保存してあった予備のタイルが、今回役に立ちました。

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集合住宅の入り口は裏通りにあります。そこに付けられている装飾金物は、ここで営まれていたお米屋さんの店先の、軒を支える方杖として使われていたものです。錆を落として再度、塗装し直しました。

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銅板の屋根は当初、鈍い金色でした。工事中には落ち着いた黄土色に変わりましたが、30年経って立派なメンテナンスフリーの緑青に育ちました。

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 プランの中央にエレベーターと階段があります。周囲の建物に囲まれているため、少しでも採光を得たいと、床板をステンレスのグレーチングで作りました。これもメンテナンスフリーです。雨もかかるのだから面積に算入しないで欲しい、と役所に掛け合いましたが駄目でした・・・。(Shio)

 

 

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2019年5月 9日 (木)

ル・コルビュジエ展に行きました。

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ル・コルビュジエ展に行きました。先月の中旬のことです。なるべく空いている時を狙って。

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上野の国立西洋美術館はル・コルビュジエが設計した建築で、1956年6月に開館しました。彫刻はブールデルの「弓をひくヘラクレス」

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三角形の天窓がある吹き抜けの大空間「19世紀ホール」は写真の撮影が許可されています。今月19日(日)まで。

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建築写真や作品の模型はもちろん、並べられていますが、今回の眼目はル・コルビュジエの絵画。吉阪隆正全集第8巻「ル・コルビュジエと私」の解説に、コルの絵のカラースライドを見せられた時の日記が紹介されていました。少し長くなりますが・・・

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「何かわからない形。しかし美しい形と色。何が?何が彼にあの色をあの形であそこに塗らせたのか?あの曲線の躍動は実に愉快だ。どこから見つけて来たのだろうか。彼の発明ではない。どこかにあったものを見つけて来たのだ。発見なのだ。どこからどうして?どうして私にはできないのか?」(1951・11・15)
模型は「ガルシェの家」1926-27。絵は「静物」1922で、2016年の「ポンピドウー・センター傑作展」の際、絵葉書を購入しました。(Shio)

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2019年3月14日 (木)

アアルト展で面白かったこと

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「アルヴァ・アアルト-もうひとつの自然」という展覧会の追っかけをしてしまいました。昨年の10月は神奈川県立近代美術館 葉山に行きました。

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相模湾に視界が開ける抜群の敷地に建つこの建築の設計・監理は佐藤総合計画。4つの美術館を巡る巡回展の最初の地として相応しい環境だと思いました。

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神谷美恵子「こころの旅」を読んでいたら、「人間のこころのよろこび」のひとつに「美しいものに接すること」と書かれていました。(上下2枚の写真はアアルトのウォルフスブルクの文化センター

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アアルトのスケッチや手書きの図面、写真、建築そのものに感じる第一の感慨は、僕にとってなによりもこの「美しさ」なのだと気づきました。

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それで、4月14日まで開催されている東京ステーションギャラリーにも先週、行ってきました。ギャラリーの設計・監理はジェイアール東日本建築設計事務所。

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椅子やガラス製品などは現物も置かれ、ドアの取っ手も展示されていました。使い易さ、材質感や触り心地を大事にしたことが解説されているパネルの下に、「触ってはいけない」シールが貼られているのが、なんとも面白かったです。(Shio)
図面は「HANDSKIZZEN UND TECHNISCHE ZEICHNUNGEN 1958-1963  ALVER AALTO RZENTRUN WOLFSBURG」より

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2019年2月28日 (木)

法政大学55・58年館

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2月23,24日は「Hosei University 55.58 Farewell Days」でした。

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中央・総武線「市ヶ谷}駅と「飯田橋」駅の真ん中あたり、線路脇に建つ法政大学市ヶ谷キャンパス55・58年館が建て替えのため、壊されることになり、お別れの見学会でした。

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ファサードの格子割が何とも粋で美しく、一度は中に入ってみたいと思いながら、今まで行きそびれていたので、慌てて駆けつけた次第。

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設計・監理は後年、茨城県公館(74)、千駄ヶ谷・国立能楽堂(83)など、和洋の様式を駆使した「混在併存」の大江宏建築事務所。

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戦後10年。まだ、物資の乏しい時代にスチールのカーテンウォール、コンクリートブロック、煉瓦、コンクリート打ち放しの円柱などを使いこなしてシャープで切れの良い空間が作られていたことに感動しました。(Shio)

 

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